メスヒシュヴィリ・ジャバさん「歴史・文化・社会の理解と継続的な日本語学習が重要性を今後も伝えていきたい」

【プロフィール】

メスヒシュヴィリ・ジャバ(博士)。 イリア国立大学准教授・ギオルギ・ツェレテリ東洋研究所日本センター長。

①日本と日本語に関心を持つきっかけはなんでしたか?
日本への関心は、私が高校生だった頃に始まりました。もともと日本という国、そしてその文化や高度な技術には興味がありましたが、それはあくまで一般的な関心に過ぎず、当時は日本が自分の人生とこれほど深く結びつくとは思ってもいませんでした。

ある日、父の勧めで、1904〜1905年の日露戦争と対馬海戦におけるロシア艦隊の壊滅について書かれた本を読みました。その本を読んだ後、私は日本が本当に特別な国であることを理解しました。当時の巨大な西欧帝国を打ち破ることができた国なのです。 それ以来、日本への関心はさらに深まり、この国をもっと近くで知りたいと思うようになりました。芥川龍之介、大江健三郎、川端康成、安部公房などの日本の著名な作家の作品を読み、日本の文化や歴史についても学び始めました。

こうした経験が日本への興味を一層強め、より深く理解するために日本語を学ぼうと決意しました。 その目的のため、2001年にトビリシ国立大学に入学し、日本語の学習を始めました。

②ジャバ先生は神戸大学で研究留学をされていました。どのような研究をされていましたか?
2010年に文部科学省(MEXT)の「研究生」奨学金を獲得し、神戸大学大学院で学び始めました。修士課程での研究テーマは「軍事救護法の制定史とその課題」に関するものでした。
しかし、より興味深く、私にとって特に重要な研究は博士課程で行ったものです。博士課程では、私が日本に関心を持つきっかけとなったテーマに再び取り組みました。博士論文のテーマは「20世紀初頭の日本・ジョージア関係史」でした。研究の重要な部分は日露戦争に関するもので、もう一つの部分は1918〜1921年のジョージア民主共和国期における日本とジョージアの関係の分析に焦点を当てました。

19世紀初頭、ジョージアはロシア帝国に併合されました。そのため、1904年に日露戦争が始まった際、ロシア帝国軍に所属していた一部のジョージア人は戦争に参加せざるを得ませんでした。私の研究の主要な目的の一つは、ジョージア人が日露戦争および日本という国に対してどのような感情を抱いていたのかを明らかにすることでした。
研究の結果、ジョージア人はロシア帝国内に住み、政府の命令で日本と戦う立場にありながらも、密かに当時ほとんど知られていなかった国・日本の勝利を支持していたことが分かりました。その主な理由は、ロシア帝国がジョージア人と日本人にとって共通の敵であったからです。

さらに、ジョージアの革命的社会連邦党の指導者ギオルギ・デカノジシュヴィリと、日本公使館付陸軍武官・明石元二郎大佐の協力により、ジョージア人と日本人の利害が一時的に一致しました。ジョージア人は日本からの資金援助を受けてスイスで武器を購入し、ロシア帝国に対する武装蜂起を準備するためにジョージアへ送ったのです。その最終目的はジョージアの独立回復でした。

残念ながら当時は独立の回復には至りませんでしたが、1918年にジョージアは独立を果たし、日本はジョージア民主共和国の独立を承認した国の一つでした。さらに、1921年にソビエト・ロシアがジョージアを占領した際、日本は最初にジョージアへの支持を表明した国の一つでもありました。

この歴史の研究を通じて、私は改めて日本とジョージアの関係がいかに興味深く多面的であるか、そしてその歴史をより深く理解することがいかに重要であるかを実感しました。

③日本での生活で一番思い出に残っていることはなんですか?
特定の一つの思い出を選ぶのは難しいです。というのも、日本で過ごした7年間には本当に多くの大切で楽しい瞬間があったからです。
しかし、最も印象に残っているのは、やはり現地の人々とその温かい姿勢です。
日本の方々はいつも特別な親切心で接してくださり、外国にいるにもかかわらず、まるでまったく知らない場所にいるような感覚を抱かせないほどでした。困ったことがあると、いつも助けようとしてくれて、できる限り支えてくれました。私は、人々との交流こそが、日本で過ごした年月を特別で忘れがたいものにしてくれたと思います。
また、日本の街並みや名所も恋しく思います。その美しさと印象深さは、私の記憶に強く残っています。写真を撮ることが私の趣味なのですが、日本にいる間、この国はまるで終わりのない写真の冒険のように感じられました。周囲にはあまりにも美しい場所が多く、そのすべてを写真に収めることは不可能に思えるほどでした。どこを見ても、必ず「これを撮りたい」と思うような素晴らしい光景が広がっていたのです。

④ジャバ先生は、イリア国立大学で日本語を教えられています。同大学での日本語教育について紹介してくれませんか?
2017年に神戸大学を卒業した後、ジョージアに帰国しました。帰国後、イリア国立大学の当時の学長ギガ・ゼダニア氏と、ギオルギ・ツェレテリ東洋研究所の所長ギオルギ・サニキゼ氏にお会いしました。お二人から、2006年以降活動を停止していたイリア国立大学の日本センターを再建し、日本語教育を再開する提案をいただき、私は喜んでその提案を受け入れました。
こうして2017年から日本センターの所長となり、日本語教育を開始しました。最初はN5とN4レベルのみを教えていましたが、2019年からはN3レベルもプログラムに追加しました。イリア国立大学では日本語や日本に対する関心が非常に高く、毎年クラスはすぐに定員に達します。
日本語の授業は主に私が担当していますが、2022年からはJICAのボランティア講師プログラムにも参加しています。このプログラムにより、ジョージア人学生に週1回の追加日本語授業を行うことが可能になりました。これらの取り組みは日本語教育の質を大きく向上させ、良い成果を上げています。
イリア国立大学における日本語教育の成果を示す重要な指標の一つは、卒業生が文部科学省(MEXT)の「研究生」奨学金を獲得していることだと思います。2023年以降、毎年少なくとも1名のイリア国立大学卒業生がこの奨学金を受けています。現在、4名の卒業生がこの奨学金のもと日本に留学しており、大阪大学、早稲田大学、京都精華大学で修士課程および博士課程の研究を行っています。さらに、2026年10月からはもう1名の卒業生が筑波大学に進学する予定です。
イリア国立大学は日本の複数の大学と協定を結んでおり、東京都市大学、神奈川大学、筑波大学などと覚書を締結しています。特に筑波大学とは非常に密接で多面的な協力関係を築いています。2026年5月には「イリア・筑波協力センター」を開設し、両大学の関係における新たな重要な節目となりました。筑波大学との協力の一環として、2026年秋には2名の学生が留学する予定です。1名は修士課程で学び、もう1名は短期交換プログラムで数か月間筑波大学に滞在します。
また、日本に関心を持つ学生が日本とその文化をより深く理解できるよう、イリア国立大学では定期的に公開講座や交流イベントを開催しています。2017年以降、いけばな、折り紙、日本の衣装、日本文学、日本文化、教育制度、経済、外交政策、観光など、さまざまなテーマを取り上げてきました。こうした活動は、学生が日本を単に言語を通して学ぶだけでなく、その文化・歴史・現代社会の多様な側面からも発見できる貴重な機会を提供していると考えています。

⑤日本に留学をしたい、日本関連の仕事をしたいと考えているジョージア人の学生に何かアドバイスはありますか?
これは非常に重要なテーマです。日本語の学習や日本での就労は決して簡単ではありませんので、この問題を二つの部分に分けてお話ししたいと思います。

  1. 日本語の学習について
    日本語の習得は決して容易ではありません。授業に出席し、家で1日1時間勉強するだけでは十分とは言えません。日本語を学ぶと決めたなら、毎日根気強く努力する覚悟が必要です。
    私はいつも学生たちに、授業への出席や課題の遂行だけでは不十分だと伝えています。日本語を身につけるためには、自主的な学習が不可欠です。例えば、日本語の動画を視聴したり、音楽を聴いたり、さまざまな資料を読んだり、可能であれば日本人と交流することが大切です。また、小さな具体的な目標を立てて、計画的に達成していくことも重要です。たとえば、「週に何個の漢字を覚えるか」「何語の単語を習得するか」を決めて取り組むことです。
    日本人と頻繁に交流する機会がない人には、学んだ内容を定期的に復習するよう特に勧めています。そうすることで、時間が経っても忘れにくくなります。このように継続的で毎日の努力こそが、日本語を高いレベルで習得する鍵です。私の学生の中でも、こうした助言を実践し、責任感を持って学習に取り組んだ人たちは非常に高い日本語能力を身につけました。
  2. 日本での仕事と生活について
    日本で働き、生活することは非常に魅力的な機会であり、多くのジョージア人が日本での生活や仕事を夢見ていると思います。グローバル化が進む現代では、海外で学び、働く機会がより身近になり、世界各国でキャリアを築く可能性が広がっています。その中にはもちろん日本も含まれます。
    しかし、私の考えでは、日本で成功したキャリアを築くためには、英語力や専門的な知識だけでは不十分です。日本で働きたい人にとって重要なのは、専門知識に加えて、日本語と現地文化の理解です。
    日本で働くことを希望する人には、渡航前に少なくとも日本語能力試験(JLPT)のN4レベルを習得することを勧めます。これにより、現地到着後に最低限のコミュニケーションが可能となり、日常生活に関する問題も自力で解決できるようになります。
    また、言語だけでなく、日本社会におけるマナーや礼儀作法を理解することも欠かせません。これによって新しい環境への適応が容易になり、文化の違いから生じる誤解やトラブルを避けることができます。
    幸いにも、現代のテクノロジーとインターネットの発展により、こうした情報の入手は非常に簡単になりました。日本での生活や仕事、社会での立ち振る舞い、現地のルールに関する有益な資料が数多く見つかります。したがって、日本への渡航を考えている人々は、必要な情報を十分に得て、これから生活する環境に備えることができるでしょう。