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イラクリ・アルチャイアさんーバトゥミにある歴史ある日本庭園をさらに良くしていきたいー

【プロフィール】バトゥミ国立植物園園長―― バトゥミ国立植物園について教えていただけませんか?イラクリさん:バトゥミ国立植物園はバトゥミ中心部から9kmの場所に位置し、112ヘクタールの敷地を有しています。1912年11月3日に正式に開園しました。園内には9つの植物地理学的な区画と3つの公園があり、およそ1,800種の多種多様な植物・花が植えられており、そのうち90種はコーカサス地域原産のものです。この植物園は、農業・生物学的知識の普及拠点としても重要で、140か国以上の植物園、大学、研究機関と協定覚書を締結しています。1998年以降、バトゥミ植物園は国際植物園保護機構(BGCI)の加盟園となり、国際協力や科学情報の共有、植物園の共同戦略の構築において重要な役割を果たしています。ガイドツアー、キャンプ、ピクニック、結婚式の実施、観賞用植物の購入など来園者向けに様々なサービスを提供できるよう心がけています。――バトゥミ国立植物園の中にある日本庭園についておしえてくれませんか?イラクリさん:日本庭園は、バトゥミ国立植物園の東アジア区画の中にあります。東アジア区画は、バトゥミ植物園の中で最も.....
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ラシャ・ボルクヴァゼさん ーバトゥミでの日本文化イベントと人の繋がりを通した文化外交ー

【プロフィール】バトゥミ国立大学日本語講師―― 日本語を始めたきっかけはなんですか?ラシャさん:日本語を始めたきっかけは、日本を日頃から評価していた父の影響でした。私はもともと日本についてあまり知らなかったのですが、父が当時、日本語の重要性を語ってくれたおかげで、日本語を勉強しようと思うようになりました。バトゥミの学校を卒業したあと、日本語を勉強するために、トルコの大学に入学をしました。当時ジョージアでは、日本語がほとんど教えられていませんでしたが、トルコのその大学では日本語が教えられていたのです。将来、外交で仕事をすることも視野に、大学で5年間日本語を勉強しました。――日本を初めて訪問したときの印象はどんなものでしたか?ラシャさん:トルコの大学にて、2年生の夏に初めて数か月間日本を訪問しました。行く前から日本には思いを寄せていたのですが、実際に自分の目で見てみると想像以上でした。トルコの大学を卒業してから、また、日本語を学ぶために日本へ行き語学学校へ通いました。日本での生活は、日本を知る上でとても大切です。日本で行われるイベントや寺巡り、沖縄を含む色々な地方を旅行し、日本の方との交流.....
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ルスダン・チョチアさん ー目標と専門性を持った日本語人材としてのキャリアの歩み方ー

【プロフィール】ジョージア出身。主にチェコ・ロシア・日本など海外滞在。チェコにあるパラツキー大学オロモウツにて日本語・英語専攻。その後、岡山県の吉備国際大学大学院修士課程修了。ジョージアに帰国後、主に国際企業にて勤務。―― 日本語を勉強し始めたきっかけを教えてくださいルスダンさん:日本語を学びたいと思うようになったきっかけは、実は私のチェコ語の先生でした。高校の最後の年、チェコにいたのですが、その際、大学で何を学ぼうかまだ具体的な考えがありませんでした。当時、チェコ語をチェコ人の先生から学んでいました。その時、「ルスダンは言語を早く学べる人だから、日本語を大学で勉強するのはどうですか?最近、日本語学習が流行っているんですよ」と言われました。さらにそのチェコ語の先生の友人の方が、チェコ人の日本語の先生でした。彼女は日本語を教えるだけでなく日本企業でも仕事をされていたのです。その方がとてもかっこよく、彼女への憧れから、私もチェコの大学で日本語専攻をすることを決めました。――日本へ留学をされましたが、どのようなきっかけで留学をされましたか?また日本での留学生活はどのようなものでしたか?ルスダ.....
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宝川ますみさん ーレールモントフを通して繋がったジョージアだけにある空ー

【プロフィール】東京外国語大学ロシア語専攻、東京大学大学院修士課程修了。旧ソ連地域にて大使館やJICA勤務などを経て、現在ジョージア在住。ロシア語翻訳や通訳なども行う。―― ジョージアと繋がりを持つようになったきっかけはなんですか?宝川さん:元々文学が好きで、東京外国語大学では主にロシア文学を学んでいました。その中で、コーカサスに触れる文学を読む機会が度々ありました。大学3年生を終えたあとに、ロシアのサンクトペテルブルクへ語学留学に行きました。その際に偶然ジョージア人と初めて出会いました。その時に、前々から気になっていたジョージアに対してさらに関心を持つようになりました。ロシアでの留学が終わり、大学を卒業して大学院へ進みました。その際にミハイル・レールモントフについて論文を書こうと決め、より深くジョージアと繋がりを深めることになりました。――ジョージアに初めて訪れたときの印象はどのようなものでしたか?宝川さん:ジョージアへは、大学院の夏休みに2週間いったのが初めて訪れました。初めての印象は、憧れていた地にようやく来ることができたと感動したのを覚えています。特に、言葉では表現できないよう.....
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保護中: 前田弘毅さんー様々な文明の堺に位するジョージアの、世界に通用する研究を行うー

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蒲原正義さんーお互いの国の魅力を発信し文化を体験することで両国関係はより強くなるー

【プロフィール】元駐ジョージア(当時グルジア)日本国特命全権大使(2009年3月-2012年9月)。その後、カザフスタンでも大使として勤務したのち退官。―― ジョージアを初めて訪問された際の印象は何でしたか?蒲原正義さん:大使として赴任する前に、東京とモスクワからそれぞれ1回ずつジョージアに出張に行きました。1985年に初めて行ったとき、ソ連の時代でしたが、豊かな国だなと思いました。市場を覗けば様々な食べ物があるし、気候は良いし、人々は親切だなと感じました。2回目は、独立後の1998年に行きました。モスクワから日本映画祭の開催のために行きましたが、文化が豊かな国だと感じました。----大使としての任期中にジョージアで一番印象に残ったものは何でしたか?蒲原正義さん:2009年3月から2012年の9月までの3年半、大使として勤務していました。人の好さを感じました。付き合っていて楽しい人ばかりでした。一番の印象は、民族として、ポリフォニーやジョージア民族舞踊などもあり、芸術性が豊かだと思いました。ジョージア国立音楽院に行くと、小さい子が一生懸命音楽を学んでいました。また、ジョージア国立芸術ア.....
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内田梨沙さん ―日本人とジョージア人の交流が増えて日本語教育がさらに広まってほしいー

【プロフィール】専門職大学院で日本語教育を修了。アメリカと中国、日本の大学で日本語を教えた後、2023年から2025年までイリア国立大学に派遣される。――ジョージアに来るきっかけはなんですか?また、ジョージアに来たときの初めての印象はなんでしたか?内田梨沙さん:ジョージアに来る前から日本語教育を仕事にしていました。米国や中国で日本語を教えた後、日本の大学で5年ほど日本語教育の仕事をしていました。その時、周りの日本語教師の方々が青年海外協力隊として海外で日本語ネイティブ教師の活動をされていたのですが、私も経験を積みたいと思いました。様々な国が活動地候補としてありましたが、その中でジョージアという国に興味を持ちました。ジョージアという国について知らなかったのですが、逆に、何も分からない国・機会がなければ行かないような国だからこそ、ぜひ行って日本語教育を行いたいと思ったのがきっかけです。インターネットでもあまり多くの情報がないジョージアですが、ジョージアに到着したとき、とても綺麗な国だなと思いました。活動場所となる大学はジョージアの首都トビリシの中心に位置しているのですが、立派な建築物が周辺.....
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内田州さん ―大使館を通して人生の分岐点となる2年を過ごしたジョージアー

【プロフィール】元在ジョージア日本大使館専門調査員。→早稲田大学地域・地域間硏究機構研究院准教授。国際公共政策博士(大阪大学)。――大使館専門調査員としてジョージア(当時グルジア)赴任を選択された理由はなんですか?内田さん:大使館専門調査員は、第2または第3希望まで赴任先を選択することができたのですが、ジョージアだけを赴任先として選択しました。ジョージアには行ったこともありませんでしたし、言葉も分からないままでしたが、ジョージアを希望赴任先として選びました。私の人生の生き方として、「これ」と思ったら、一転集中して全力を尽くすようにしています。――ジョージアだけを一点集中で選択されたのはなぜだったのですか?内田さん:昔の話からさせて頂くと、国際協力や平和構築の仕事をしたいと思うようになった原点は、阪神淡路大震災でした。当時は中学生でしたが、スイスの救助隊など遠くの国から助けに来るのを見て、自分も将来そのような仕事をしたいと思ったのが始まりでした。その後、2008年のジョージア(当時グルジア)での紛争が起きたとき、私は大学院にいました。大学院では、紛争に関してロールプレイを行い、私は当時の.....
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タティア・メマルニシヴィリさん ―日本語教育と翻訳がいきがいになっていたー

【プロフィール】日本語講師 / 翻訳者。2007年にトビリシアジア・アフリカ研究所(Tbilisi Institute of Asia and Africa)にて東洋文献学を修了。日本語・日本文化も勉強し、2009年からトビリシ国立大学(Tbilisi State University)にて日本語講師として勤務。学生時代に日本文学に魅了され、特に谷崎潤一郎と川端康成の作品に惹かれた。最初に翻訳した本は三島由紀夫の『仮面の告白』で、2019年に文学賞「リテラ」のファイナリストに選出。――日本語を勉強しようと思ったきっかけはなんですか?いつごろから日本語を勉強し始めましたか?タティア・メマルニシヴィリさん :実はもともと日本に特別な関心があったわけではありませんでした。ジャーナリストになりたかったため、東洋文献学を学ぶためトビリシアジア・アフリカ研究所(Tbilisi Institute of Asia and Africa)に入った際に、ジャーナリズムや言語学の授業の他にアジアの言語を選択する必要がありました。勉強する言語のリストがあり中国語、韓国語、アラビア語、ペルシア語などが選択肢に.....
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碓井俊樹さんーアザラシヴィリさんとジョージアの繋がりー

【プロフィール】東京藝術大学附属音楽高等学校、同大学を経て、ザルツブルク・モーツァルテウム芸術大学で研鑽を積む。ヴィオッティ国際音楽コンクール入賞、オランダミュージックセッションにてドネムス演奏賞、ウィーン現代前衛芸術団体TAMAMUより現代芸術特別賞、カントゥ国際音楽コンクール優勝など多くの受賞歴を誇る。近年では平成29年度外務大臣表彰、第3回種田山頭火賞を受賞。ジョージア・シグナギ市より名誉市民称号を授与される。ジョージアの伝説的作曲家、ヴァジャ アザラシヴィリ氏より全世界での著作権管理を全権委任されている。尚美学園大学客員准教授、上野学園大学客員教授を歴任し、横浜シンフォニエッタ代表理事、日本香港音楽協会理事長(香港)を務める。後進の育成においても数多くのピアニスト、国際コンクール入賞者を輩出――ジョージアという国を知るきっかけは何でしたか? 碓井俊樹さん:小中学校の時から、社会の勉強で「グルジア軍用道路」というワードを勉強してから、なぜかずっと気になっていました。そして友人がジョージアに転勤したと連絡があり、ならばグルジア軍用道路を見てみたいな というのがジョージアという国との.....
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