碓井俊樹さんーアザラシヴィリさんとジョージアの繋がりー

プロフィール】  

東京藝術大学附属音楽高等学校、同大学を経て、ザルツブルク・モーツァルテウム芸術大学で研鑽を積む。ヴィオッティ国際音楽コンクール入賞、オランダミュージックセッションにてドネムス演奏賞、ウィーン現代前衛芸術団体TAMAMUより現代芸術特別賞、カントゥ国際音楽コンクール優勝など多くの受賞歴を誇る。近年では平成29年度外務大臣表彰、第3回種田山頭火賞を受賞。ジョージア・シグナギ市より名誉市民称号を授与される。ジョージアの伝説的作曲家、ヴァジャ アザラシヴィリ氏より全世界での著作権管理を全権委任されている。尚美学園大学客員准教授、上野学園大学客員教授を歴任し、横浜シンフォニエッタ代表理事、日本香港音楽協会理事長(香港)を務める。後進の育成においても数多くのピアニスト、国際コンクール入賞者を輩出

―― ジョージアという国を知るきっかけは何でしたか?

碓井俊樹さん:

小中学校の時から、社会の勉強で「グルジア軍用道路」というワードを勉強してから、なぜかずっと気になっていました。そして友人がジョージアに転勤したと連絡があり、ならばグルジア軍用道路を見てみたいな というのがジョージアという国との繋がりの始まりです。2015年のことでした。

私は、ベルリンに住む世界的指揮者山田和樹が音楽監督を務める横浜シンフォニエッタというオーケストラの代表をしています。山田和樹氏が指揮者を目指すきっかけとなったのがヴァジャ・アザラシヴィリの無言歌をオーストリア航空の機内オーディオで聞いて衝撃をうけて というのは有名な話です。それ以来、あらゆる手を尽くして20年以上探していたのですが、私の1回の滞在で繋がることができ、ご縁を感じたことを昨日のように思い出します。

―― ヴァジャ・アザラシヴィリ氏とはどのように交流をされてきましたか?

碓井俊樹さん: 

アザラシヴィリ氏との初めての出会いは、日本人慰霊碑もあるVaso Godziashvili公園でした。日本人慰霊碑の前でセッティングされてお会いしました。実は、ジョージアに来るまで、アザラシヴィリ氏に関して詳しく知っているわけではありませんでした。しかし、アザラシヴィリ氏と話をしていると、曲のメロディーと完全にリンクしており、大きなポテンシャルを感じ、日本でも世界でも評価されると確信しました

それからは数ヶ月に一度、ジョージアを訪れるたびに演奏会でアザラシヴィリ氏の曲を演奏し、彼とともに各地のスープラでワインを飲んだりし交流を深めていきました。その度にアザラシヴィリ氏とその作品の素晴らしさは、日本人は必ず気に入るし、後世に残せればという気持ちも強く湧いてきました。

アザラシヴィリ氏の無言歌とノクターンという作品は、既に日本人だけでなく世界中の人々の耳に受け入れられています。また、一部の曲は子どもでも演奏ができるようなものもあるので、これから爆発的に伸びるはずです。アザラシヴィリ氏に話を聞くと著作権管理も旧ソ連時代からきちんとされていなかったとのことで、正式な著作権の整理、手続きも日本側で全て完結することができました。

そして色々な話を毎回するうちに、こちらからも著作権の管理を申し出ていたのですが、ジョージアのワインセラーで一緒に飲んでいたときにアザラシヴィリ氏から「お前を信頼しているから全て任せる」と言われ その時にはギリシャ大使もいらしたのですが、その場でお互い書類にサインをした覚えがあります。私は著作権管理については素人ですので、色々リサーチした結果、日本の出版大手である全音楽譜出版社にもお手伝いをお願いすることになりました。

―― ジョージア各地での碓井さんの音楽を通した活動と、ジョージアの音楽文化に関してのご感想を教えていただけませんか?

碓井俊樹さん:

日本にクラシック音楽が入ってきた頃、ジョージアでも活躍していたアレクサンダー・チェレプニンというピアニストがいました。チェレプニンは、伊福部昭など日本の多くの作曲を指導し、大きな功績を残しました。このストーリーを知っている日本人はとても少ないです。逆輸入になりますが、チェレプニンに大きな影響を受けた日本の作曲家の作品をジョージアで演奏することは意義があります。

世界中で活躍するジョージア出身のトップアーティストが数多くいます。ジョージアの地方都市に演奏をしに行くと多くの若手の演奏家のポテンシャルに驚かされます。ソ連の時代の育成システムと現在の欧米の育成システムが上手く機能し、才能を支える土壌がジョージアにあります。 

―― アザラシヴィリ氏は残念ながらお亡くなりになられましたが、今後はどのような形で日本とジョージアの間で活動をされていくつもりですか?

碓井俊樹さん: 

まずは極めてアナログ的ですが、ジョージアの滞在時間を増やすことです。そして、色々な人と出会い、世界で知られていないジョージア人の演奏家と交流を深めていくことだと思います。アザラシヴィリ氏を含めてジョージアで出会った方々とは、いつも偶然の重なりで出会うことがほとんどでした。ジョージアでは計画無しで、気が付いたら全てが繋がったということがよくありとてもびっくりします。これぞジョージア流ですね。このように人々との交流を続け、今後もジョージアで輪を広げていきたいと思っています。また、アザラシヴィリ氏に関する出版も引き続き続けていきたいと思います。