宝川ますみさん ーレールモントフを通して繋がったジョージアだけにある空ー

【プロフィール】

東京外国語大学ロシア語専攻、東京大学大学院修士課程修了。旧ソ連地域にて大使館やJICA勤務などを経て、現在ジョージア在住。ロシア語翻訳や通訳なども行う。

―― ジョージアと繋がりを持つようになったきっかけはなんですか?

宝川さん:元々文学が好きで、東京外国語大学では主にロシア文学を学んでいました。その中で、コーカサスに触れる文学を読む機会が度々ありました。大学3年生を終えたあとに、ロシアのサンクトペテルブルクへ語学留学に行きました。その際に偶然ジョージア人と初めて出会いました。その時に、前々から気になっていたジョージアに対してさらに関心を持つようになりました。ロシアでの留学が終わり、大学を卒業して大学院へ進みました。その際にミハイル・レールモントフについて論文を書こうと決め、より深くジョージアと繋がりを深めることになりました。

――ジョージアに初めて訪れたときの印象はどのようなものでしたか?

宝川さん:ジョージアへは、大学院の夏休みに2週間いったのが初めて訪れました。初めての印象は、憧れていた地にようやく来ることができたと感動したのを覚えています。特に、言葉では表現できないようなジョージアの空と空気感は今でも印象に残っています。ジョージアの良さとして、美味しいジョージア料理やジョージアの方々の温かいおもてなしなどあります。しかし、それ以上に、ジョージアの豊かな文化と、悲しい過去も含めたジョージアが培ってきた歴史とその歴史に対するジョージアの人々の思いがあります。このようなものが、ジョージアの空と空気感を、他の国にはない言葉で表現できないようなものにしているのではと思います。

旅行の後、大学院生の時の2002年から2003年の1年間、トビリシ国立大学に留学をしました。旅行とは異なり、長期間滞在し実際にジョージアでの生活を経験することができました。当時は、水や電気も頻繁に途絶えることがありました。しかし、それも含めて興味深いと感じました。日本では当然にあるものが、当然ではないと感じるきっかけにもなりました。留学期間中は、文学やロシア語の授業などがありました。論文はレールモントフに関してでしたので、授業がないときは、トビリシの図書館に行き、日本では手に入らないような文献を見つけて研究を進めていました。その他、同大学で日本語を教えることもありました。

―― ミハイル・レールモントフに関して論文もお書きになりました。宝川さんから見られた、レールモントフとジョージアの関係や彼の作品の魅力とはなんでしょうか?

宝川さん:私の論文のテーマは、「レールモントフ作品におけるグルジア像」に関してでした。『現代の英雄』を含めて彼の作品が好きだったのですが、ミハイル・レールモントフは実はジョージアには短期間しかいませんでした。彼のジョージアにおける正確な足跡も判明していません。また、彼のジョージアに対する見方は、ある意味で偏っているかもしれません。もともとロシア帝国時代、上流階級の人でしたが、祖国から追放された身でした。ですので、ジョージアの見方も、祖国にまだ帰りたいという上流階級としての気持ちを持ちながらにして、ジョージアの良さを感じていたものでした。追放された祖国に対する愛情がありつつ、異国に来て自然が綺麗で癒されるがそれでも祖国に戻りたいという思いがあったのですね。他方で、彼のそうした見方は、ロシアでジョージアに関心を持った自分と重なるものでもありました。

レールモントフの「絨毯のように緑が広がる山」や「蛇のうろこのように煌めく川」自然に対する描写力に惹かれました。それ以上に、レールモントフの、人間が持つ気持ちに対する観察力・洞察力そして、その気持ちを文字にして表す表現力は、現代文学でも通用するような卓越したものであると思います。『現代の英雄』も含めて彼の作品が好きなのですが、それに加えてレールモントフという人物自身も魅力的で興味が引かれます。

――ジョージアを含めて今まで旧ソ連の様々な国でお仕事をされた経験があります。どのような経緯だったのですか?

宝川さん:東京大学の修士課程を修了したあとに、ジョージアと関係がある仕事をしたいと思っていました。しかし、当時、ジョージアには日本大使館がありませんでした。在アゼルバイジャン日本大使館がジョージアを兼轄をしていたのです。そこで、在アゼルバイジャン日本大使館で派遣員として仕事をすることになりました。派遣員として任期を終えた後、草の根委嘱員として再度同大使館で勤務を続けました。その後、在ジョージア日本大使館の開設をきっかけに、専門調査員としてジョージアにて勤務することになりました。

ジョージアのあとは、ウクライナやロシア、最近では中央アジアのキルギスにてJICAの企画調査員として仕事をしていました。無事任期も終了し、家族もいるジョージアに戻ってきました。旧ソ連の国々ではロシア語を使って仕事をしていたこともあり、今もオンラインでロシア語を教える仕事をしています。

――今後、ジョージアと日本の間でどのような活動をなされるご予定ですか?

宝川さん:ジョージアは文化も豊かな素晴らしい国です。今後はジョージアに日本の技術・製品や考え方を広めて、さらにジョージアをより住みやすい国にできるような活動をしていきたいと考えています。

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